東大阪市と共に歩んできた創業80年の信頼と実績の写真スタジオ 【株式会社尾上写真場】
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産声をあげ、誕生した宝物というべきお子様。お子様の健やかな健康を祈って、その元気な笑みと喜びをご家族と共に写真に一枚いかがでしょうか。 初着・小物を無料で貸し出ししております。また神社への出張撮影も無料で行っております。 赤ちゃんのご機嫌のいい時に・予約ご来店ください。赤ちゃんはお腹一杯になると眠くなります。 赤ちゃんが少しお腹がすいてる時が目元がパッチリしてよい写真が撮れます。
神社への出張撮影も行っております。上記5社以外(枚岡神社、長瀬神社等)でも遠方でなければ、出張料金無料です。お気軽にご相談下さい。
その土地の守り神である産土神(うぶすながみ)に赤ちゃんの誕生を報告し、健やかな成長を願う行事です。 昔は、氏神さまに参拝して新しい氏子(うじこ)と して神さまの祝福をうける行事とお産の忌明けの儀式の意味合いもありましたが、 現在では無事に生まれた感謝と健やかな成長を願う行事となっています。神社へのお参りは一般に男子が生後30日目、女子が生後31日目と言われていますが 、その前後でご家族が皆さんおそろいになる日になさることが多いようです。 一般的には、子供に祝い着を着せ、夫の母(姑)が抱くのが習慣になっています。祝い着は、男児が羽二重の紋付で鷹や鶴などのおめでたい絵柄の熨斗目(のしめ)模様で、女児はちりめんの花柄や友禅模様が伝統的です。
「一生食べ物に困らないように」と願いを込めて、生後100日頃乳歯の生え始めた赤ちゃんに食事をする真似をさせる平安時代から行われている伝統的な儀式です。 お食い初め(おくいぞめ)以外に、「真魚(まな)始め」や初めて箸を使うので「箸揃え」「箸初め」とも呼ばれる。また祝う時期が生後100日前後なので、 「百日(ももか)祝い」、「歯がため」と呼ぶ地域もあります。膳の内容は「一汁三菜」が基本で、鯛などの尾頭付きの焼き魚、すまし汁、煮物、赤飯、また歯が丈夫になるようにとの考えから歯固め石が添えられます。 関西では石の代わりに「タコ」を使う風習があります。
布施の氏神、都留彌神社は布施の町の中央部、荒川の森に有り御祭神は縁を結び給ふと倶に家業を御守護なり、当神社の創祀は頗る古く、今より千百年前仁和二年第五十八代光孝天皇の御代の國史所載の由緒深き式内の神社です。当店は都留彌神社の氏子であり、撮影指定業者に指定されております。
大阪府大阪市生野区にある神社。天武天皇を主祭神とし、明治の神社合祀により素盞嗚尊・大山咋命・天水分神・國水分神を合わせ祀る。当店は清見原神社の撮影指定業者に指定されております。
鴨(賀茂)氏の一族が673年(白鳳2年)に創建したと伝えられる延喜式内社で、祭神に速須佐之男命及び大鴨積命(素盞鳴命の十一世孫で、鴨氏の開祖)を祀ったのが当社の始まりで、中世に入り、岩清水八幡宮領となり、神功皇后、応神天皇を合祀し、「八幡宮」と称される様になった。 1615年(元和元年)大坂夏の陣にはこの付近が戦場となり、兵火にかかり、社殿はことごとく烏有に帰したが、後数年を経て、再建されている。隣接している長栄寺とは掛かり合いが深く、江戸時代の案内書「河内名所図会」には、『長栄寺の鎮守となり、今八幡と称される』とある。1868年(明治元年)の神仏分離後、1872年(明治5年)郷社に列せられた。現在の社殿及び拝殿は1907年(明治14年)の再建である。
この神社は高井田中央駅の東南東約600mに鎮座しています。社地には玉垣が巡らされ、住宅密集地の中の神社なのに、遠くからも大樹が数本見ることが出来ます。入口には社号標が置かれ、鳥居を潜ると石畳の参道左には手水舎が配され、右には「内介池伝説」に関わりのある境内社・水神社(鱗殿)が祀られています。注連柱を横に見て境内に入ると、左には社務所、中央奥に浪速現代型狛犬に護られた千鳥破風付き入母屋造りの拝殿、透かし塀内に春日造りの本殿が建立されています。又、社殿右にはご神木・大楠の前に稲荷神社、施無畏八大龍王社、天満宮等と共に地車小屋が建立されています。御祭神:天照皇大神、豊受大神、祭礼日:10月第二土・日曜日、 境内社:水神社(鱗殿)、稲荷神社、施無畏八大龍王社、天満宮由緒:元三十八社大明神と称し、旧郷社。現在は西堤の氏神、産土神、鎮守神として崇敬されています。当店は西堤神社の撮影指定業者に指定されております。
長野県にある諏訪大社の全国に5千ある分社にひとつ。創建の年代は不明ですが、境内に現存する古い石灯籠に『承和3年(836年)4月寄進』と刻まれているところから、今から1200年ほど前の平安時代に創建されたと考えられます。祭神は、建御名方刀美命(たけみなかとみのみこと)・八坂刀売命(やさかとめのみこと)。当祭神は武家の崇拝が厚く、軍神と呼ばれていることから、源義正奉納の額一面、豊臣秀吉奉納の獅子一対(牝獅子のみ現存)、させんどう不動の門前にあった宝暦10年(1760年)銘の百度石などがあります。菅原道真が筑紫への左遷の途中に当社に立ち寄り休憩をとったことから、道真を祭る天満宮が境内にあります。道真が座ったとされる腰掛け石などが祭られています(この地域の旧地名「左専道」は、この故事に由来するといわれています)。また境内には、戊辰戦争で官軍の軍艦に備えつけられていた大砲・砲丸が設置されています。その石台には「明治2年5 月官軍攻五稜郭此其所用巨砲之一也」と記されています。